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いつまでも新人気分の作家・木崎ちあきのブログです。
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【プロフィール&お仕事について】
2020年02月15日 (土) | 編集 |
2018/12/27更新

※執筆のご依頼はkisakichiaki@gmail.comまでお願い申し上げます。
※個人的なご連絡にはご返信致しておりません。何卒ご了承くださいませ。
※読者さまからの作品のご感想などは文庫巻末の宛先にお送りいただけますと幸いです。簡単なものではありますが、御礼のお葉書をお送りしておりますので、返信ご不要な方はその旨お知らせくださいませ。


― お仕事履歴 ―
【文庫】
●『マネートラップ 三流詐欺師と謎の御曹司』(イラスト・一色箱様/メディアワークス文庫)2018/11/24
●『博多豚骨ラーメンズ』①~⑧巻、『博多豚骨ラーメンズ Extra Games』(イラスト・一色箱様/メディアワークス文庫)
※月刊『Gファンタジー』にてコミカライズ連載中
『博多豚骨ラーメンズ』全②巻(作画・秋野キサラ様)
『博多豚骨ラーメンズ 第二幕』全②巻(作画・長岡千秋様)
●『ノラネコシティ』(イラスト・鈴木次郎様/ビーズログ文庫アリス) 2016/11/15
※pixiv mint!にてweb連載
●『デュラララ!!×博多豚骨ラーメンズ』(監修・成田良吾様、イラスト・一色箱様/電撃文庫) 2016/10/08
●『武神男子 ~二郎くんの無問題な厄日~』(イラスト・猫野まりこ様/ビーズログ文庫アリス) 2015/05/15
●『狩兎町ハロウィンナイト 陽気な吸血鬼と機械仕掛けの怪物』(イラスト・かる様/ビーズログ文庫) 2014/02/15

【雑誌】
●『博多豚骨ラーメンズ』短編「フィルダース・グッド・チョイス」(電撃文庫MAGAZINE vol.58)
●電撃文庫リザレクションシリーズ『デュラララ!!×博多豚骨ラーメンズ』後編(電撃文庫MAGAZINE vol.51)
●電撃文庫リザレクションシリーズ『デュラララ!!×博多豚骨ラーメンズ』前編(電撃文庫MAGAZINE vol.50)
●『博多豚骨ラーメンズ』短編「アウトローにナックルを」 (電撃文庫MAGAZINE vol.45) 2015/08/10
●コラボ企画『七人の時雨沢恵一』 (電撃文庫MAGAZINE Vol.43) 2015/04/10
●『博多豚骨ラーメンズ』特別短編 「真冬のダブルスチール」 (電撃文庫MAGAZINE Vol.39) 2014/08/09


― プロフィール ―
木崎 ちあき/Kisaki Chiaki
・福岡県出身、在住
・大学卒業後、フリーター、ニート、契約社員を経て、『第15回えんため大賞ガールズノベルズ部門 〈特別賞〉』『第20回電撃小説大賞〈大賞〉』を受賞し、2014年にデビュー。
・好きな食べ物 : 明太子、チーズ、馬刺し
・趣味 : プロ野球観戦、ドラマ鑑賞、筋トレ、ダンス
・好きなもの : 猫、筋肉、バディ作品、ラブコメ
・好きな筋肉 : 三角筋、外腹斜筋、胸筋
・マイブーム: 料理
・持っている資格 : 乗馬ライセンス4級

twitter@kisakichiaki
※twitterにて頂戴したリプライはすべて嬉しく拝読しておりますが、お知り合いの方等にのみお返事しております。何卒ご了承くださいませ。
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大道芸人を目指した話
2019年02月15日 (金) | 編集 |
少し長くなってしまいますが、ちょっと思い出話をさせてください。
私が文章を書くことに興味を抱いたのは、中学3年生のときでした。夏休みの宿題で人権についての作文を書いたところ、それを読んだ当時の国語の先生が「君は作文が上手だね」と褒めてくれたのです。生まれて初めてのことでした。長所も短所も、他人に指摘されるまでなかなか気付けないものですが、「え、私、作文得意なの? 知らんかったわ~」とびっくりしつつも、すごく嬉しかったことを今でもよく覚えています。
その国語の先生は初老の男性で、中学生の私たちからすればおじいちゃんみたいな存在でした。いかにも人生経験が豊富そうで、彼は授業中に「昔は作家として本を書いていた」と話していました。「先生の本はどこで買えるんですかー?」とふざけて尋ねるクラスの男子に、先生は「もう絶版になったわ!」と答えて生徒を笑わせていました。
そんな元作家先生から「文章を書く才能がある」と言われ、褒められて伸びるタイプの単純な私は、「まじか。じゃあ小説でも書いてみようかな」と思うようになりました。それが高校一年の頃です。当時はちょうど携帯小説ブームで、幸いにも中高生が簡単に小説を書いて投稿できるサイトが存在していました。バリバリの部活生だったのでそこまで時間は割けませんでしたが、私は電車通学中のちょっとした時間を利用して作品を書いていました。

とはいえ、それもただの趣味に過ぎず、小説家になろうという気はまったくありませんでした。そもそも小説家なんてなろうと思ってなれるものでもないし、私には無理。常識的に考えて無理。絶対無理。それくらいの分別はあったので、普通に高校を卒業し、自分が入れるレベルの大学を受験し、ろくに講義に出席せず毎日バイトと趣味に明け暮れ、いつしか小説を書くことも疎かになっていきました。
そして迎えた就職活動。私が目指したのは作家ではなく主に編集者の方で、いくつかの東京の出版社の採用試験を受けましたが、結果はどこも惨敗。その頃は空前の就職氷河期時代で、多くの学生が苦しんでいました。五十社以上受けて全滅、という話もざらでした。
そして、私自身もなかなか就職が決まりませんでした。本命だった東京の会社に応募し、福岡から夜行バスで12時間かけて何度も面接へ通ったというのに、無情にも最終面接で落とされてしまった私は、人生に対してすっかりやる気を失ってしまいました。就活をやめたまま大学を卒業。地獄のニート生活の始まりです。

 一日中、寝間着のまま部屋に引きこもる毎日。親の冷たい目。無言のプレッシャー。払えない年金。減り続ける貯金。太り続ける体。
 何てザマだ、と思いました。どこから選択を間違ってしまったのだろう? こんな人生に何の価値があるのだろうか? このままではいけないとわかっているのに、今更就職活動を始めようとしても、重い腰が動きません。一度社会から切り離れた所にいってしまうと、精神的なハードルが上がり、元の場所になかなか戻れないものです。
自宅警備と犬の散歩に勤しむ日々を過ごしていた、そんなある日のことでした。働かない私に、いい加減親もキレてるし、家に居辛い。このままでは駄目だ。どうにかしなければ。でも、私になにができるのだろうか。自問自答していた私は、ふと、あの国語のおじいちゃん先生の言葉を思い出しました。「君は文章を書く才能がある」という、あの一言です。
そうだ、たしか私には昔、文章を書く才能があったはずだ。だったら、小説を書こう。作家になって、一発逆転ホームランを狙おうじゃないか。もはや失うものは何もない。そう思い立ち、私はパソコンを開きました。
今思えば、なんて無謀な考えだろうと震えてしまいます。この状況で作家を目指そうとするなんて、かなりクレイジーです。作家になるのは常識的に考えて無理だと、高校生の私はわかっていたのに、ニートの私にはわからなかったのか。「まずは働け」と当時の自分に言いたい。そんなギャンブルな人生はやめろ、と。
そして案の定、上手くいきませんでした。ひたすら小説を書き、毎月のように出版社に原稿を送りましたが、箸にも棒にも掛かりません。それでも私はがむしゃらに書き続けました。「私にはこれしかないんだ!」と言わんばかりに、狂ったように書きまくりました。ますます引きこもりに拍車がかかり、両親も「あいつは一日中部屋の中でパソコンいじって、いったい何をやっているんだ?」と不安と苛立ちを募らせていたことでしょう。そのうち私は、さらに家に居辛くなり、たまに出掛けるようになりました。「バイトに行ってくる」と嘘をついて外出し、母親が作ってくれた弁当を持って公園や図書館で時間を潰したこともあります。まるでリストラされたことを家族に言えないでいる中年サラリーマンのような気分でした。

そんな日々を過ごして一年が経ちました。未だデビューに至らず、私は再び焦りはじめました。ここで、ひとつの疑問が浮かびます。
「そもそも、私には本当に、文章を書く才能があるのだろうか?」
目を逸らし続けてきましたが、これは重要な問題です。
文才のある人間が、これだけ文学賞に応募して落選続きなはずがない。あの国語教師のじいさん、適当にお世辞言ったんじゃないか? というか、文章を書く才能と小説を書く才能は違うんじゃないか?
途端に自分の能力と、原動力だった先生の言葉を疑いはじめ、私のアイデンティティは崩壊し、内心パニックになりました。
何をやってるんだ、私は。たいした才能もないくせに作家を目指すなんて、そもそも間違いだったんだ。身の程知らずが、と後悔したところで時すでに遅し。

その日から、私は小説を書くのをぴたりとやめました。代わりに始めたのが、YouTubeです。一日中YouTubeの動画を見て過ごしました。つまるところ、現実逃避です。就職活動をしているわけでも、小説家を目指してるわけでもない、ただ毎日部屋に引きこもり、ネットで動画を見ているだけの、ニートの完全体と化したのです。
やる気もなく、ひたすらYouTubeを眺めていたある日のこと。私は偶然、ある動画に出会いました。それは、海外の大道芸人が、かの名曲「Shingin’ in the Rain」のメロディに乗せてジャグリングを披露している動画でした。なんて優雅でカッコいいのだろうと、それを見た私は強く胸を打たれました。そして、こう思ったのです。
「私も大道芸人を目指そう」と。

まじで頭がおかしい。今振り返ると本当に意味不明な思考回路なんですが、恐ろしいことに当時の自分は大真面目でした。すぐにジャグリング用の道具と教則DVD(全部で3万円くらい)をネット通販で注文し、さっそく練習を始めました。ずっと部屋に引きこもっていた娘が急に自宅の庭でジャグリングの練習をしはじめたのですから、両親も近所の人もさぞ驚いたことでしょう。「木崎さんちの娘さん、仕事もせずジャグリングばかりしてるのよ~」なんて、ご近所さんの間で噂になっていたかもしれません。ですが、当時の私は一切気にしませんでした。頭の中には、派手な衣装を身にまとい、福岡市の路上でパフォーマンスを披露する自分の姿しかありませんでした。

そんなこんなで大道芸の練習を始めて二か月が経ちましたが、またもや私は大きな壁に直面します。いくらジャグリングを練習しても、まったく上手くならないのです。びっくりするぐらいヘタクソ。ボール三つを操るのもやっとのことで、技術が上達する気配がありません。ボールをポロポロ落とすので、いつも飼い犬が咥えてどっかに持っていってました。
その頃には、もうすでに悟りつつありました。駄目だ、私は大道芸人には向いてない。大道芸の才能がまったくない。これならまだ作家を目指した方がマシだ。ジャグリングに比べたら、小説を書いていた方が、まだ可能性があるかもしれない。
こうして私は再び小説を書き始めました。ジャグリングの道具をクローゼットの奥にそっとしまい込んで。

その後、両親を少しでも安心させるために、私は派遣社員として働き始めました。週三、四日勤務し、それ以外の時間を使って小説を書いていました。「そろそろちゃんと就職しないとな」と思いつつも、作家になるという夢の諦め時がわからず、半ば意地のように投稿活動を続けていました。

派遣社員から契約社員へと昇進(?)した某日、そんな私の元に一本の電話がかかってきました。出版社の編集者さんからでした。新人賞を受賞し、念願の作家デビューが決まったのです。「嬉しい」というよりも、「よかった」「これでやっと胸を張って食卓を囲める」という安堵が強かったですが、とはいえやはり嬉しいものでした。
デビューできたのはただただ運がよかっただけですが、もし仮に私の中にデビューに至る才能があったとすれば、それは先生に褒められた「文章を書く」才能ではなく、「周りに白い目で見られても夢を諦めない」才能だったんだろうなと思います。
私のデビュー作が発売されたのは、2014年の2月15日。ちょうど5年前の今日です。吸血鬼ものの現代ファンタジーでした。今読み返すととても拙く、恥ずかしさもありますが、手に取る度にデビュー前の思い出が蘇ってくる、愛着のある一作です。
あのときの国語の先生の一言がなければ、私は小説を書こうとも思わなかったでしょう。就職活動が上手くいき、無事に出版社に入社していれば、編集者という違う立場で小説を世に出していたかもしれません。もし私に類まれなるジャグリングの才能が備わっていたら、今頃は路上で皆様のお目にかかっていたかもしれませんし、編集部に拾っていただけなかったら小説を書くのを辞め、ごく普通のOLとして働いていたかもしれません。いろんな奇跡と運が重なって、こうして作家として本を出すことができるようになり、この5年間でたくさんの読者の方と出会うことができました。

今年はプロ入り6年目、いつまでも新人気分でおりますが、いよいよ中堅に差し掛かってまいりました。プロ野球と同じく、いつまでこの仕事を続けられるかわからない厳しい世界ではありますし、自身の才能のなさに落ち込み、「私って小説家向いてないんじゃないかな」とため息をつくことも多々ありますが、「まあ、大道芸人よりは向いてるか」とポジティブに考えながら、これからも頑張っていこうと思いますので、皆様どうか、今後ともご贔屓に。




……余談ですが、「Shingin’ in the Rain」といえば、『シャンハイ・ナイト』という映画に、ジャッキー・チェンがこの曲に乗って傘で踊りながら戦うというシーンがあります。私はこの場面が大好きなのですが、この映画と出会ったのもちょうどニート時代で、人生どん底で塞ぎ込んでいた私をジャッキーのアクションが笑顔にしてくれました。忘れかけていた「私もこんな面白い作品を書きたい!」という熱い思いとやる気が漲り、猛烈な勢いで西部劇小説を書き上げました(ちなみにこの作品は電撃大賞で一次選考にも通りませんでしたが、同時に応募していた『博多豚骨ラーメンズ』が大賞を受賞しました)。
人生いろいろ。何が起こるかわからないものです。私の作品もどこかで、誰かの人生をちょっとでもハッピーにできていればいいなと思うばかりです。
いろいろいただきました!
2019年02月07日 (木) | 編集 |
今年は定期的にブログを書くことが目標なので、サボらず頑張って更新していきたいと思います!

といいつつ、ブログのタイトルが思いつかず、なんかめっちゃアバウトな感じで申し訳ないのですが、
先日、出版社宛にいただいたファンレター等が我が家に届きました。
年賀状やお手紙、さらにはバレンタインのチョコレートなど、
読者さまからのたくさんの愛をいただきまして、とてもハッピーになりました!
こんなところで恐縮ですが、御礼申し上げます。ありがとうございました!
キャラクター宛にもプレゼントをいただきました!林もきっと喜んでいると思います。
(プレゼントはもちろんものすごく嬉しいのですが、お手紙だけでも十分嬉しいですので、
どうか無理なさらないでくださいね!)

あたたかいお言葉の数々、とても励みになっております。
新刊『マネートラップ』の感想もありがとうございます!楽しんでいただけたようでほっとしました。
『博多豚骨ラーメンズ』の舞台を楽しみにされている、というお声もいただきましたが、
ほんとそれですよね。私めもめちゃくちゃ楽しみにしております。
東京は遠くて観に行けない、という方もいらっしゃるかと思いますが、
皆さまのお声こそがコンテンツを育てる大きな力となりますので、
あの手この手で応援してしていただけますと嬉しいです。何卒よろしくお願いいたします!


そんなこんなで、2019年も12分の1が過ぎ、いつの間にやら2月になってしまいましたが、
そういえば5年前の2月にデビューしたんだったなぁ、と感慨深い気分になっております。
この5年間で成長したことといえば、心がタフになったことと、体脂肪率が8パーセント落ちたことくらいで、
もっと小説が上手になれたらいいのになー、と毎日悶々としてしまいます。
作家になるより、作家であり続けることの方が大変だという話を、デビュー前にいろんな方から聞きましたが、
まさにその難しさを痛感した5年間でもありました。
今後も壁にぶち当たってばかりだろうと思いますが、読者さまからいただいたお言葉を思い出して頑張っていきますので、
引き続き応援のほど、よろしくお願い申し上げます!
マクドナルドでギャルに絡まれた話
2019年01月26日 (土) | 編集 |
人間の世界は不思議なもので、矛盾した文言があちこちに蔓延っています。「善は急げ」と言う人もいれば、「急がば回れ」と言う人もいる。「好きこそものの上手なれ」という言葉を信じて好きなことに打ち込んでいれば、「下手の横好き」という言葉に頬を叩かれる。はたして「三度目の正直」なのか、「二度あることは三度ある」のか。どっちを信じたらいいのかわかりません。ある女性誌の12月号には「女のバツイチはモテるらしい」と書いてあったのですが、同じ雑誌の翌年発売の2月号には「統計的には女性のバツイチはモテません」と書かれていました。見事なまでの掌返しです。バツイチでも何でもない未婚独身の私まで「どっちやねん」と頭を抱えてしまいました。

そんな矛盾の中で特に私を悩ませてきたのは、人間の第一印象についての文言です。「人は見かけによらない」と言われることもあれば、「人は見た目が百パーセント」などという言葉も聞こえてきます。人を見た目で判断していいのか否か。難しい問題です。
 実のところ、私は最初、「人は見た目がすべて」派でした。というのも、おそらく親の教育が強く影響していたかと考えられます。人は見た目で判断される。だから第一印象は大事。その理屈はよく理解できる。人間ですから、やはり視覚から入ってくる情報は大きな力を持っています。
小さい頃から私は、両親に「お前は顔がきついから、いつも笑っていなさい」と口を酸っぱくして言われてきました。たしかに私の顔はきつい。まったく甘さがない。目が吊り上がり、白目が多い、昼間の猫みたいな顔です。口角も下がり気味で、黙っていたら機嫌が悪いのかと思われてしまいそうな顔つき。親の忠告に「おっしゃる通り」と頷き、幼い頃から常に笑顔でいるよう心掛けてきました。そのうち、どんなにひどいことを言われても笑顔で受け流す癖がついてしまい、大学時代にはバイト先の先輩に「木崎って、顔では笑ってるけど心で泣いてるよね」と見抜かれ、「ピエロ」という渾名を付けられてしまいました。

 そんなことはさて置き。幼い頃に「人は見た目がすべて」という価値観を植え付けられた私。優しい顔の人は心が優しい、怖い顔の人は性格も怖い、そういう考えを持ったまま成長していきましたが、後にそんな価値観を大きく覆す出来事がありました。私がまだ中学一年生、13歳だった頃の話です。
 その日は学校が休みで、私は同じクラスの友達と二人で遊んでいました。ただゲームセンターでプリクラを撮り、マクドナルドでご飯を食べるという、中学生らしい一日です。テーブル席に向かい合って座り、撮ったばかりのプリクラを手帳に貼りながら、友達と楽しくおしゃべりしていました。
 そんなときでした。隣の席に、二人組のギャルがやってきたのです。二人ともとにかく派手で、強烈な容姿でした。髪は明るく染めていて、肌は真っ黒。目の周りはパンダのように黒く、唇は白いラメ入りのグロスでテッカテカに輝いています。スカート丈はパンツが見えそうなほど短く、伸ばしたら身長の倍の長さになりそうなルーズソックスをはいていました。ひと世代昔に流行した「ガングロギャル」というやつです。『GALS!』という少女漫画にモブ役で登場しそうな感じでした。
 そんな彼女たちを見た私は、率直に「怖い」と思いました。すぐ横に不良染みた少女が「あー、だりー」「まじだりーよねー」と文句を垂れながら座っているのですから、ごくごく普通の中学生だった私は怯えるしかありません。絡まれたらどうしよう。「うちら、金ないんだけどさー。ちょっと貸してくんねー?」とか言われてカツアゲされたらどうしよう。途端に不安になってきました。目の前に座っている友達も同じように考えていたようで、心なしか顔が強張っていました。
「どうか絡まれませんように!」と心の中で願いながら黙々とハンバーガーを食べていた私たちでしたが、恐れていた事態が発生します。隣の席のギャルが私の方を向き、「ねえ、どこ中?」と声をかけてきたのです。
 やばい、まずい、絡まれた。私は冷や汗をかきながら「○○中学校です」と声を震わせて答えました。するとギャルたちは、「そうなん? うちら○○中」と近所の中学校の名前を挙げました。……というか、この人たち中学生だったのか、と私はびっくりしました。老けてる(失礼)から高校生かと思った。
 その後も、二人のギャルは私たちに絡み続けました。「プリクラ撮ったん? 見せてー」と言われ、私は「ど、どうぞ」とおとなしく差し出しました。拳銃を持った強盗に札束を渡す銀行員のような気分でした。誰か助けてくれ。早く帰ってくれ。というか早く帰りたい。そんな願いもむなしく、「彼氏おるん?」やら「○○って先輩、知っとー?」やらと、ギャルたちはかなりどうでもいい話を振ってきます。
 ギャル二人組と遭遇して、十分ほど経った頃でした。恐怖と緊張のあまりブルブル震えていた私に、さらなる災難が襲い掛かります。テーブルの上に置いてある紙ナプキンを入れている箱に、私の肘がちょんと当たってしまったのです。その衝撃で、ナプキンホルダーが床に落下してしまいました。
 あっと思ったときにはもう大参事。百枚以上はあるだろう紙ナプキンたちが、床一面に散らかっていたのです。「やってしまった……」と私は真っ青になりました。真新しい紙がすべて台無し。環境に対しても申し訳ない。店員さんに怒られるかもしれない。目の前のギャル二人組に「なにやってんのー、バッカじゃねえのー」と罵られるかもしれない。いろんな不安がぐるぐると私の頭を駆け巡りました。
 ところが次の瞬間、予想もしないことが起こりました。ギャル二人組がさっと立ち上がり、床に這いつくばりながら私が散らかした紙ナプキンを拾いはじめたのです。拾った紙ナプキンで鼻を拭いては、店員さんをチラチラ見つつ「あー、今日は鼻水がよく出るなー」と言いながら、あっという間に片付けてくれました。
衝撃的な光景でした。床に両膝をついて紙ナプキンをかき集める二人の姿が、今でも忘れられません。なんて心の優しい人たちなんだと、私は感激のあまり体が震えました。見た目は怖いけど、すごくいい人じゃないか。彼女たちを勝手に怖い不良だと決めつけていた自分を反省せざるをえません。その後、私は助けてくれた二人に何度もお礼を言い、彼女たちと仲良くプリクラを交換して帰りました。
 その日以来、私は「人は見かけによらないものだな」と思えるようになりました。たしかに見た目で判断されることは致し方ない部分もありますし、下手な誤解を生まないよう、見た目に気を配ることも時には必要かもしれません。今でも私は自分のきつい顔をカバーしようとピエロを演じてしまいます。とはいえこの日の出来事は、人を見た目で判断する癖がついていた私にとって、良い戒めとなりました。

 それから数年後。高校に進学した私は、部活に入部し、ある同級生と出会いました。その子はとてもクールで、私が「初めまして、よろしくね」と笑顔で挨拶をしたところ、「あ、はい、どうも」と素っ気なく流されてしまいました。「なんだこの子。怖いな。この子とは絶対仲良くなれないだろうな」と当時は思ってしまいましたが、いつの間にか打ち解け、高校を卒業して大人になった今でも毎年一緒に旅行に行くような大事な親友となりました。あのギャル二人組との出会いがなければその子と仲良くなることもなかったかも、というのは言い過ぎかもしれませんが、偏った考え方をニュートラルに正してくれた彼女たちにはとても感謝しています。

 街中でギャルを見かける度に、彼女たちは元気にしてるかなぁと思い出し、懐かしくあたたかい気持ちにさせられます。大人になってからというもの、すっかりファストフード店から足が遠のいてしまっておりますが、久しぶりにてりやきバーガーでも食べに行こうかな、と思っている今日この頃です。
新年のごあいさつと抱負
2019年01月01日 (火) | 編集 |

新年あけましておめでとうございます!
昨年はたいへんお世話になりました。

2018年、あっという間に過ぎ去ってしまいましたね。
昨年はまさに人生の節目といいますか、怒涛の一年でした。
年明けのアニメ放送に始まり、まさかの海外でのサイン会、そして新シリーズの刊行と、
がむしゃらに駆け抜けた一年でしたが、2019年はもっとがむしゃらになりたいところです。
「2019年の」というよりは、「今後の」目標になりますが、
今までやったことのない新しい仕事に挑戦できたらいいな(小説に限らず)、と思っております。
個人的にはラブコメが書きたいですね!(笑) デビュー前は恋愛小説ばかり書いていたので。
お仕事小説や野球の話なんかも、いつか挑んでみたいです。
それから、Twitterを始めてからというもの、めっきりブログを書く機会が減ってしまっていますので、もう少し更新を増やせるよう頑張りたいと思っております。
つまらない話を綴ることがあるかもしれませんが、お付き合いいただけますと幸いです。


プライベートでは、引っ越しをしたことで生活リズムが整い、いろんな人やものからプラスの影響を受けまして、
「人間の思考ってこんなに変わるんだ!」とびっくりするくらい、ネガティブチキンだった心が、ポジティブ腦筋へと変化しました。
これまではストレス過多で悩みも多く、肉体に不調が現れることもありましたが、今となっては「どうしてあんなに悩んでたんだろう…?」と首をひねるくらいの変わりっぷりで、毎日とても気楽に過ごしております。
「スーパーのブロッコリーが安かった!ハッピー!」「飼い猫がかわいい!ハッピー!」「筋トレ頑張った!ハッピー!」みたいな感じで、小さな幸せを味わいながら日々を楽しく生きておりますが、
あまりの精神面の変わりように、変な宗教に入れ込んでんじゃないかと周囲に思われてないかが心配なところです(笑)
今の生活がすごく気に入っているので、環境を変えて本当によかったな、と思います。
2019年の目標としましては、もうすこしハードに体を鍛えていきたいところです。将来のために貯筋をして、ムキムキのおばあちゃんを目指したいですね。
あとは資格の勉強もしたい。

2018年は『博多豚骨ラーメンズ』のメディアミックスのおかげで、たくさんの新しい読者さまと出会うことができました。
アニメとコミカライズが無事に終わりを迎えましたが、2019年はありがたいことに舞台が待っています!
2.5次元の世界が楽しみですね。もちろん木崎も原作執筆を頑張りつつ、一緒に盛り上げていきたいと思っております。

今年は馬車馬のように働き、真摯に学び、思いきり遊びながら、
2018年よりも充実した一年を目指してまいりますので、引き続き応援していただけますと嬉しいです。何卒よろしくお願い申し上げます。
2019年がみなさまにとってハッピーな一年でありますように!


2019年1月1日 木崎ちあき

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